賞賛の裏打ちとして、資本を有効に使った人には見返りが必要で、対価として資本の価値を上げることを社会全体が要請しています。
資本家がつねにハッピーな状態であり続け、経済全体がつねにプラスになり続けていかないと、資本主義経済はうまく回っていきません。
そういう枠組みの下で、際限のない人間の欲望が強力なエンジンとなって資本主義経済は動き続けています。
人間がつねに高い生活水準を追い求め、多様な欲求を満たそうとしているというのは、くつがえせない事実です。
不況になるとよく登場する「清貧論」のようなものは、しょせん一過性のブームにすぎません。
戦後の歩みを振り返ってみましょう。
資本主義経済の枠組みの中で、いかに生活が豊かになってきたかが確認できるはずです。
戦後直後の1946年には、国産スクーター第一号「ラビット」がFから7万円で発売されました。
大卒初任給が150円(1945年)の時代でしたから、年収の39年分に相当するわけで、ほとんど誰の手にも届かない高嶺の花でした。
55年には二輪車ではなく、四輪車が登場します。
Tが「トヨペットクラウン」を101万5000円で発売しますが、新卒サラリーマンにとって約8年分の年収(大卒初任給は1万180円)にあたりましたから、ものすごい高級車というイメージでした。
同じ年、日産は「ダットサン」を80万円で出していますが、これとて約6.5年分の年収です。
とてもとても庶民の手には届かない存在だったはずです。
ところが58年には、Fが国民車第一号となる「スバル360」を42万5000円で販売を開始し、大卒初任給(1万2700円)の3年分以内にまで努力してきました。
翌59年には、日産が名車「ブルーバード」を世に出しています。
Tも負けじと、61年には「パプリカ」を38万9000円で売ることを決定。
大卒初任給(1万5000円)の約2年分のところまでこぎつけました。
そして5年後の66年になると、49万5000円の「カローラ」を発売。
大卒初任給(2万6500円)の1年半分相当にまで大衆化を進めたのです。
たった10~20年の間に、高嶺の花だった自動車は、庶民の手の届く商品にまで育っていったのです。
大卒初任給だって、その間に150円から2万6500円にまで跳ね上がっています。
これが資本主義経済のダイナミズムです。
これが資本のエネルギーなのです。
Nが日本ではじめてのテレビ放送を開始したのは1953年2月1日のことで、日本テレビが初の民放局として開局したのは同年の8月28日だそうです。
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